京都地方裁判所 昭和55年(ワ)1469号 判決 1983年5月27日
原告(訴訟告知人)
金光福順こと
季福順
右訴訟代理人
加地和
前川大蔵
被告
医療法人 大羽病院(財団)
右代表者理事
大羽喜雄
右訴訟代理人
立野造
被訴訟告知人
医療法人 三幸会
右代表者理事
城守茂治
主文
一 被告は原告に対し金三八七七万七六一三円及び内金三五七七万七六一三円に対する昭和五五年七月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分しその一を原告の負担としその四を被告の負担とする。
四 この判決は一項に限り仮に執行することができる。但し被告が金三五〇〇万円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。
事実《省略》
理由
一事実経過
<証拠>を総合すれば以下の事実を認めることができる。
1 金由起夫は、昭和三〇年一一月一八日生れの男性で高校時代には陸上部に所属し高校卒業後配管工を経て土木請負業青木組に就職し昭和五三年頃から内縁の妻厚子と生活を共にし、昭和五五年六月一九日当時右雇主のもとで運転手として稼働していた。体躯は筋肉質で幼少時に麻疹及び虫垂炎に罹患したことと十二指腸潰瘍で入院したことがある外は健康に恵まれていた。
由起夫は昭和五五年六月一九日昼食後数時間経過した頃から胃の辺りに疼痛を覚え吐き気を催し嘔吐したので夕方京都市左京区一乗寺塚本町四六の二番地藤田医院で藤田宗医師の診察を受けた。由起夫は著明な心窩部痛及び過労を訴えており、同医師は鎮痛剤を注射したが疼痛が軽減しなかつたので由起夫に被告病院を受診するよう勧め堀内徹郎医師に対し肝臓及び胃の精密検査と処置を依頼する旨の紹介状を書いて同人に預けた。
由起夫は勧めに従い右同日午後一一時頃被告病院外来を受診して当直医の診察を受け、ペンタジン(非麻薬鎮痛剤)、セルシン(精神神経安定剤)、ブスコパン(副交感神経を抑制する鎮痙剤。急性胃腸炎、胆石、腎石などの疼痛の軽減に有効。)の注射を受け指示に従い直ちに入院した。由起夫は、入院時の体温三六度三分、脈拍一分間一〇二、血圧一三二/七八(最高/最低、以下同じ。)、一般栄養状態及び顔貌は普通で嘔気、嘔吐はなく、質問に対し「外来で注射後胃痛は軽減したが触ると痛む、夕食は食べていない。」と答えた。当直医の指示により由起夫は絶食とされラクテックG(血液代用剤、乳酸ナトリウム加リンゲル)、ラドンナ(降圧、利尿剤)、トランサミンS(抗プラスミン剤)、レプチラーゼS(止血剤)等の点滴が開始された。同日中排尿・排便はなかつた。
同年六月二〇日午前零時三〇分頃ソリタT3(電解質補給剤)、ビタミンC、ビタメジン(ビタミンB複合製剤)の点滴に更新された。由起夫は睡眠していたが午前零時四〇分頃強度の胃痛と軽度の嘔気を訴えた。看護婦は由起夫の上腹部をさすつてやつたが体動激しく苦悶の表情を呈したので当直医に連絡しその指示によりペンタジンとセルシンとを筋注した。午前一時三〇分頃再々胃痛を訴えるので当直医の診察を受けウインタミン(精神神経安定剤)を筋注した。由起夫は「二日前に注射した覚醒剤がまだ抜けていない様だ。今までにも時々注射していた。」と述べ、「間隔を置いて急激に痛む。」と訴え、朝までに何度か点滴を抜去し暴れるほどの胃痛を訴えた。同日午前七時頃由起夫は体温三六度九分、脈拍一〇二、血圧一三〇/八〇、嘔気はないが顔色不良で胃痛が軽減しなかつた。午前一〇時頃由起夫は体温三六度二分、脈拍一〇八、腹部仙痛強度、体動激しく苦悶表情で痰のようなすつぱい液を嘔吐し顔面が時々痙攣していた。午前一一時三〇分頃再び上腹部仙痛を訴えたので看護婦が内科担当主治医武上俊明の指示により生理食塩液及びウインタミンを筋注したところ由起夫は入眠した。睡眠中の検査では午後一時三〇分体温三七度、脈拍一〇八、午後二時五〇分血圧一二四/九〇であつた。武上医師は同日初めて主治医として由起夫を診察したが由起夫は脈拍九八で規則正しく、血圧一三〇/八〇、意識清朗、心音及び肺の呼吸音に異常なく、貧血及び黄疸もなく、肝臓、脾臓及び腎臓は特に触れず腹部に腫瘍、筋性防禦及び腹水が認められず腸音に異常がなかつたが心窩部に圧痛を認め嘔気を訴えた。武上医師は、由紀夫の十二指腸潰瘍で入院したという既往歴、圧痛部位、嘔気等の症状から判断し急性膵炎又は十二指腸潰瘍を疑い、検尿、検血、検便と胸部及び腹部のレントゲン単純撮影を指示し、さらに上部消化管の透視撮影を予定したが生理食塩及びウインタミンの注射により入眠したので由紀夫の腹痛に疑問を感じた。午後七時体温三七度一分、脈拍一〇〇、腹部膨満感はないが口渇と嘔気があり極少量唾液様の嘔吐をし脇下から腹部全体にわたる周期的な疼痛を訴えた。同日も排便はなく排尿は一回であつた。
同月二一日同じく被告病院内科担当主治医堀内徹郎は由紀夫を診察したところ腹部膨満及び黄だんは認められなかつたが腹痛は続いていた。同医師はペンタジンが効いていると判断し同日昼食から全粥を与えるよう指示した。しかし由紀夫は昼食及び夕食を全く摂取せず何度となく激烈な腹痛と嘔気を訴え時々苦悶表情を呈した。看護婦らはその都度ペンタジン等を注射し多くの場合腹痛は一時的に緩和したが治癒することはなかつた。堀内医師が同日午後八時頃に診察に当つたところ筋性防禦は認められず腹痛は続いているがブスコパンの注射で一応奏功していると判断した。由紀夫は同日も排便がなく排尿は二回で、体温は三七度三分以上には上昇することなくまた血圧低下もなかつた。
その後判明した同月二〇日の各検査結果によると、白血球数が一万四六〇〇、CRPがプラスマイナス、血清鉄がやや低値、CPKが非常に高値、GOT及びアミラーゼが高値であつた。武上医師は右結果により炎症は大したことはないが膵臓、肝臓、十二指腸あるいは胃の辺りに病源があるのではないかと推測した。同日撮影の腹部上位のレントゲン写真によれば胸部腹部共に異常は認められなかつた。
同月二二日午前七時頃由紀夫は唾液、胃液混合物を少量嘔吐し、午後四時五〇分頃暗赤色の血液一〇〇ccを嘔吐し、同七時頃夕食を少量摂取後食物残渣物を嘔吐した外、終始嘔気、上腹部膨満感及び激烈な上腹部痛を訴えほとんど食物は摂取しなかつた。体温は三七度四分以上には上昇せず脈拍も7.80台で比較的落着いており血圧の低下もなかつたが相変らず排便がなかつた。由紀夫の内妻厚子は同日来院した際「由紀夫が以前覚醒剤を使用していた。」と話していたので堀内医師は由紀夫の腹痛は覚醒剤の禁断症状によるものではないかと考えた。
同月二三日由紀夫は早朝から激烈な胃痛を訴え幾度となく看護婦を呼びまた看護婦詰所まで歩いて鎮痛効果のある注射を求めブスコパン等の筋注を受けたが胃痛はあまり軽減しなかつた。午前九時二〇分頃武上医師の指示したバリウムを経口投与の上胃及び十二指腸の透視撮影を受け、終了後にセスデン(鎮痙・鎮痛剤)及びソルベン(便秘治療剤)の投与を受けた。その後腹痛が増々強度となつたため午前一一時頃堀内医師の指示によりオピアト(麻薬鎮痛剤)の注射を受け一時的に入眠したが午後〇時五〇分頃激痛のため目を覚まし口渇を訴え氷水を飲んだ。その後も終始著しく強度の激痛を訴え下肢に強度の痙攣が生じたためその都度ペンタジンやブスコパンを注射したがあまり効果がなかつた。午後六時三〇分頃強度の上腹部膨満感を訴えバリウムに似た白色の水様液一〇〇ccを嘔吐し苦痛を訴え看護婦詰所の前で座り込んだ。医師の指示により直ちに浣腸を二回実施したが奏効せず同七時一〇分頃レシカルボン(緩下剤)を挿入したところ由紀夫は「排ガスが少々あり真つ黒の硬い便をほんの少量排泄した。」と言ってその後何度も坐薬を要求し興奮気味で歩き回つていた。右緩下剤による少量の排便を除いて一日中排便はなかつたが排尿は五回で脈拍、体温、血圧等に異状はなく黄だんは認められなかつた。堀内医師は由紀夫を診察して疼痛が著しく強度になつていることに気付いていたが原因は分らなかつた。その後判明した同月二三日の血液検査結果によると、白血球数は一万に減少しており透視撮影の結果小腸ガス像と思われる異状なガス形成が認められたが胃及び十二指腸に異常は認められなかつた。
同月二四日午前二時一〇分頃由紀夫はバリウム混入の水様液二〇〇ccを嘔吐し、その後も頻繁に嘔吐を繰り返し口渇を訴え顔色不良で苦悶表情を呈し絶えず著しく強度の上腹部痛と上腹部緊満感を訴え鎮痛剤や緩下剤の投与を要求して看護婦を呼びあるいは詰所まで歩いて来たが、午後三時頃胃ゾンデ挿入時にバリウムの混入した胃液約五〇〇ccを嘔吐した際ゾンデの先端に血液が付着しており同六時三〇分頃体温三七度七分に発熱し脈拍は一一四で両下肢に振戦が認められ、同九時三〇分頃強い悪臭のする薄茶色豆腐かす様の物約一〇〇ミリリットルを嘔吐し痰に血液が混入し、鎮痛剤の注射は奏効せず浣腸の実施によりやや軟らかいタール便をほんの少量排出した他は排便はなく排尿は三回で食事もほとんど摂取せず脈拍は一〇〇以上のことが多かつたが血圧低下はなかつた。被告病院外科担当の井上諒医師は武上医師からの依頼により昼ごろ由紀夫を診察した。右診察によると、直腸診ではダグラス窩及び直腸に異常を発見できるバローニングはマイナスで、筋性防禦や腫瘍を触知せず、腹膜炎ではなく潰瘍の痛みとも考えられず腹部レントゲン写真に異常はなく透視撮影によつても潰瘍がなく幽門のバリウム通過も良好でレントゲン写真は両方共特別な所見を認めなかつた。井上医師は武上医師に対し鼓腸を来すようならば胃ゾンデを使つたり排ガス浣腸等をしながら観察するように助言した。武上医師は同日夕食から再び由紀夫を絶食とし、午後六時三〇分頃診察したところ由紀夫は上腹部痛を訴えており同日排泄したやや軟かいタール便を屎検査したところ潜血が著しく強度に認められた。同医師は由紀夫が「六か月前からヒロポンを注射していた。」と話したことをも考慮に入れ、原告に対し「由紀夫の腹痛は普通の潰瘍による疼痛とは感じを異にしオピアトやペンタジンが無効であり生理食塩液が有効な場合もあるので覚醒剤の影響による禁断症状あるいは詐病の可能性も考慮する必要がある。」と症状を説明した。
同月二五日由紀夫は薄茶色様の物の混入した嘔吐を頻発し顔色不良で口渇を訴え、午前一〇時頃脈拍一二六、体温三七度六分、午後一時三〇分頃脈拍九六で規則正しかつたが微弱で絶えず著しく強度の腹痛を訴えていたが、堀内医師の診察によると状態は変らず藤田医師との電話連絡により同月末には精神科専門の第二北山病院へ転医させることに決定した。
同月二六日由紀夫は睡眠が不可能なほど強度の腹痛を訴えて何度も看護婦を呼びあるいは詰所まで歩いて来たが足に力がなく下肢に激しい振戦が認められ、顔面蒼白で顔貌異常が認められ口渇のために氷水を要求し排ガスはなくカテーテルの先端に血液が付着しており嘔吐を繰り返し腹部緊満感を訴えていた。武上医師は由紀夫を診察し上腹部痛を認めたのでコントール(精神神経安定剤)、フエノバール(催眠、鎮静、抗けいれん剤)、生理食塩液等で鎮痛を図り、由紀夫が神経過敏のため廊下をうろつき詰所に来たりするものと判断し藤田医師に依頼し第二北山病院への転医を早めることにした。
同月二七日由紀夫は腹痛のため錯乱状態を呈し、嘔吐を頻発し顔面蒼白で目に力がなく足はふらつき強度の腹部膨満感、胃部圧迫感、背部痛等を訴えていた。武上医師の診察によると、精神状態はやや落ち着き全身症状は固定しており胃ゾンデの挿入により胃部膨満感は緩和し腸音は正常であつた。
同月二八日由紀夫の腹痛その他の症状は相変らず続き腹部不快と全身倦怠感を訴えていたが、堀内医師の診察によると、腹痛は強度であるが全般的に症状に変化はなかつた。堀内医師は第二北山病院のベッドが空いたので同日午後〇時三〇分頃紹介状を付けて由紀夫を転院させた。
由紀夫は同月二五日以降も排便排ガスはなく食事の摂取もできず脈拍は一〇〇以上のことが多かつたが、同日の発熱以降特に発熱はなく血圧の低下はなかつた。被告病院では由紀夫の入院以来継続して同人に対し点滴により輸液をし鎮痛剤約四〇本を注射するなど腹痛の軽減に努めたが奏効しなかつた。武上医師はこれまで腸重積症、腸閉塞症及び覚醒剤中毒患者を取扱つた経験はなかつた。
昭和五五年六月二八日由紀夫は内妻厚子と親威に当る安山宇吉こと李柄万に付き添われて被告病院を退院し同人の運転する自動車に乗せられて午後一時半頃第二北山病院に到着し直ちに入院した。同院院長藤村和正医師は藤田医師から「由紀夫が腹痛で大羽病院に入院していた患者で調査したが異常は見当らず覚醒剤中毒らしい。」と聞いていたが、入院時に同人を診察したところ腹部が膨満しかなり痩せており元気がなく苦しそうであつた。藤村医師は、覚醒剤中毒の典型的な症状が見当らないが一般病院で一〇日間検査をして異状がないのなら精神的疾患かもしれないとも考て、由紀夫の全身衰弱が著しいので同人に対し覚醒剤使用の有無を確認することなく飲み薬として、ハロステン、ヒルナミン(共に精神神経安定剤)、ヒベルナ(抗ヒスタミン剤、催眠剤)、アキネトン(抗パーキンソン剤)、ネルボン(睡眠誘導剤)の投与、右投薬が不可能な場合には必要に応じてセレネース(精神神経安定剤)及びヒベルナを筋注すること及び梅毒血清並びに血液検査をすることを指示したが、その結果血圧は正常であつたが血沈はかなり異常な値を示した。同日午後六時頃第二北山病院の尾石金省医師が診察したところ、由紀夫は心窩部痛と便秘を訴え腹部がやや膨隆していたが筋性防禦は認められず肝臓は触知しなかつた。瞳孔反射は光に対して正常に反応し一応場所、人物、時間に対する見当識は保たれているが意識の混濁がないとは言えない状態で両腕正中静脈に覚醒剤によると思われる注射痕があり、浣腸してみたが排便はほとんど無かつた。由紀夫が同医師に対し「鎮痛剤をもらえるのでこの病院へ来た。」と言つたので同医師は由紀夫が薬物常習者ではないかと考えセレネース、ホリゾン(精神々経安定剤)及びヒベルナを筋注した。
同月二九日午前〇時四〇分頃尾石医師は由紀夫が腹痛を強く頑固に訴えたのでイソプロ(催眠剤)を投与し、午前二時三〇分頃由紀夫が発汗し腹痛を盛んに訴えしきりに鎮痛剤を欲しがつたので、セレネース、セベルナ、ホリゾン、クロル・プロマジン(ウインタミン)を投与した。午後一時中頃由紀夫は相変らず腹痛を訴え薬剤を要求したが発熱はなかつた。同日の尿検査では特に異常はなかつた。
同月三〇日午後一時五〇分頃藤村医師が診察したところ由紀夫の血圧は七〇/五〇で相変らず腹部膨満し排便がなかつたのでガス抜きをしたが排ガスは殆どなく腹部レントゲン単純撮影をしようとしたが腹痛が激しく正面に立てなかつたので撮影できなかつた。同医師は由紀夫に投与していた飲み薬を全く服用することができなかつたのでその投与を中止しビタメジン(ビタミンB複合製剤)、パナロン(グルタチオン製剤)、ATP(ATP製剤)、ビタカンファー(強心剤)等の点滴を指示した。由紀夫は、同日午後二時四五分頃血圧七〇/四八、脈拍一三八で発汗しており、同四時頃血圧七四/四八、脈拍一三〇で腹痛は少し軽減していたが腹部膨満感を訴えていた。藤村医師は酸素吸入、点滴にベルサンチン(狭心症治療剤)の追加、その他水分と栄養補給を主目的とした大量の輸液療法を指示し、同七時頃由紀夫の脈拍が微弱になつてきたためビタカンファーを注射し、同八時頃ノルアドリナリン(血圧上昇剤)を点滴に追加したが由紀夫の全身状態が著しく悪く改善されなかつたので同医師は第二北山病院では他に処置の仕様がないと判断し根本病院へ転送した。
昭和五五年六月三〇日午後八時過ぎ頃由紀夫は根本病院に転送され同病院院長根本浩介医師の診察を受けた。転院当時由紀夫の血圧は八二/五八、脈拍九六、体温三七度八分、ショック状態で腹部が膨満し一見して腹膜炎と思われる症状を呈しており付添つてきた家族の者は由紀夫の症状について「胃痛を訴え顔色不良、乏尿で排便はなく浣腸により出血し糞臭の嘔吐をしていた。」と説明した。根本医師は、由紀夫を診察したうえ直ちに開腹手術以外に救命方法はないと判断し手術の実施を決定した。手術前に撮影されたレントゲン写真によると、腸が大きく腫れ小腸が途中で消失し穿孔していることが残留していたバリウムにより写し出されていた。
根本医師は同日午後一一時頃岩佐医師介助のもとに由紀夫の開腹手術を開始した。先ず全身麻酔を施し臍下を正中切開して開腹したところ線維性癒着がみられ剥離すると腸穿孔によるやや多量の糞便臭の強いバリウムを混じた腸内容の膿が主に下腹部の腹腔より流出し特に右側の上腹部より混濁した多量の膿が流出し、小腸は中等度膨脹して麻痺しており互に線維性癒着がありその腸壁は炎症により肥厚し非常に充血し厚い膿苔となつていた。小腸をたどつて検索すると回腸末端と思われる回盲部より約三〇センチメートル口側に約一〇センチメートルの回腸同士の腸重積(外筒が肛門側、内筒が口側)がありその口側に細い鉛筆大の穿孔があつて多量のバリウムの混入した腸内容が多量に流出していた。腸重積は比較的容易に整復され内筒に壊死は認められず当該部位以下の盲腸、S状結腸等は異状がなく流通物がないため縮んでいた。膿汁を充分吸引排除し腹腔を生理食塩水と抗生物質で洗滌し穿孔にカテーテルを挿入し回盲部にウイッチェル腸瘻を造設し、回盲部、回腸部、右上腹部にゴムドレインを挿入し翌同年七月一日午前〇時半頃手術を終つた。由紀夫は腸重積を原因とする回腸の穿孔により汎発性腹膜炎を発症し膿苔が生じるなど腸重積症発症後相当時間が経過しており根本医師が手術中に死亡するのではないかと危ぶんだほど全身衰弱が著しく予後は不良であると考えられた。
同年七月一日当時の由紀夫の症状は赤血球数四四六万、白血球数三万二一〇〇等検査結果に異状値を示し、同月二日も前日と変らず腸の動きもなく前記手術の際に造設したウイッチェル腸瘻から十分な排便がなく更に全身状態が悪化して来たので根本医師はこのままでは助からないと判断し直ちに第二回目の手術を開始した。根本医師は、全身麻酔を施し前回の手術創を再開したところ腸内容が流出したので充分吸引排除して検索するとウイッチェル腸瘻に続く口側に裂目が出来て腸内容物が漏出していたのでウイッチェル埋設管を回盲部の腹壁に縫着して直接瘻口とし腹腔内を充分洗滌し排液を行なつて閉腹し手術を終了した。根本医師はその後も輸血をし看視を続けるなど由紀夫の生命維持に努め手術後一時小腸の緊張が回復していたが、同月六日午前三時一〇分由紀夫は腸閉塞を原因とする穿孔性腹膜炎により死亡した。
以上の事実が認められ<る。>
二知見
<証拠>によれば次のとおり認められる。
1 急性腹症
急性腹症とは、激烈な腹痛を訴える症候群で緊急手術を要するものをいい、急性虫垂炎、胃十二指腸潰瘍の穿孔等急性腹膜炎症状を呈するものとイレウス等腸閉塞症状を呈するものとが含まれる。前者は炎症性のもので、発赤・腫脹・疼痛・発熱等の症状が現われ、その腹痛は持続性で、白血球数は一万四、五〇〇〇以上に上昇する。後者は一般に発熱はなく腹痛は仙痛性(一〇秒位の間隔の断続的な差し込むような疼痛)で白血球数は一万程度にしか上昇しない。急性腹症の症状は示すが必ずしも緊急手術を要しないもの及び急性腹症の症状を示す内科的疾患や精神病で緊急手術は禁忌であるものなど緊急手術の要否の鑑別を必要とするものが含まれる。診断は、疼痛の程度・部位・性質、筋性防禦・圧痛の有無・部位・程度、嘔吐・下痢・便秘・発熱の有無・程度、全身症状などのほか適宜レントゲン撮影(但し穿孔のある場合バリウムを投与することは禁忌とされているので造影剤の選択に注意する必要がある。)、白血球数・血沈などの検査をしその結果を総合してされるが、一般的に急性腹症は発病時から時間の経過と共に臨床症状が比較的急速に変化するので診断には常に発症後の経過時間を考慮しなければならず従つて問診を重視する必要があり、鑑別診断が不可能な場合でも緊急手術の要否だけは早急に判断する必要がある。症状が定型的に判然と出現した場合の鑑別診断は容易であるが非定型的な症状しか現われないことも稀ではなくその場合の診断は容易でない。非定型的な症状しか現われず鑑別診断が不可能な場合は結局腹部所見や全身症状の悪化の程度により区別し、腹膜刺激症状が激烈で脈拍の性状の悪化、白血球数の著しい増加、強度でかつ広汎な腹痛・筋性防禦・圧痛がみられ嘔吐が頻発するような場合は一般に病変が高度であることが多いので確定診断は後にしてまず緊急手術に踏み切つてみる他ないが、腹部所見や全身症状に顕著な悪化が認められない場合は一般に病変もそれほど高度でないことが多いので何らかの症状が現われるまで経過を観察し確定診断に努力すると共に症状に悪化がみられた場合に手術の処置を取ることとなる。
2 腸重積症
腸重積症とは腸管の一部がそれに連なる腸管腔内へ嵌入したため腸内容の通過障害が起つた状態をいい、約九割は小児に発生するが、ポリーブ、腸内腫瘤、メッケル憩室、腸炎、瘢痕などを原因として稀に成人にも発生する。小児の場合は大部分が回盲部であるが成人の場合の多発部位は特定しない。嵌入腸管の腸間膜は圧迫され、うつ血、浮腫、出血、分泌増加が起り腸間膜動脈の血行障害をきたし、遂には嵌入部の壊死が起こる。しかし習慣性に反復しあるいは外筒をなす腸管頸部で癒着して自然治癒することもある。主症状は、腹痛、嘔吐、血便であり重積部が腫瘤として触知できることが多い。腸重積症はイレウスの一種であるが腹部膨満は末期症状であつて初期に起ることは稀である。診断にはバリウム注腸によるレントゲン検査が有効であるが小腸の場合は無益である。治療法は注腸バリウム法で透視しながら加圧して整復するが整復不能あるいは発症後二〇時間以上経過した場合は手術により整復し壊死があれば腸切除を行なう。成人では一般に原発巣があるので原則として腸切除を行なう。
3 腸閉塞症(イレウス)
腸閉塞症とは、腹痛、腹部膨満、蠕動不安、嘔吐、ガス排出停止などの腸管通過障害症状を呈する疾患であつて、機序により機械的腸閉塞症と機能的腸閉塞症に、更に前者は閉塞性腸閉塞症(腸管の通過障害のみのもの)と絞扼性腸閉塞症(通過障害に腸間膜絞扼による血行および神経の障害を伴うもの)に分類される。腸重積症は絞扼性腸閉塞症の原因の一つである。激しい仙痛性腹痛と共に胃内容および胆汁を嘔吐ししばしばショックに陥り、腹部膨満、蠕動不安、腹部の腫瘤及び金属性腸雑音、血便、白血球増加等の症状を呈する。腹部所見は次第に増強し晩期には嘔吐が糞臭を帯び(吐糞症)、脱水症状が強く乏尿となる。右症状は高位腸閉塞のものほど強くまた絞扼性の方が閉塞性のものよりはるかに強い。定型的な場合の診断は容易であるが末期には腹膜炎との鑑別が困難でレントゲン所見に水平面像を証明する。閉塞性のものは持続的腸吸引法により治癒することもあるが、機械的腸閉塞症は一般に手術により閉塞を除去することが必要であり血行障害により壊死が生じた場合は腸管切除が必要である。ショック症状および脱水症状は、輸血、輸液によつて改善を図る必要がある。
4 急性腹膜炎
穿孔性腹膜炎とは、胃十二指腸潰瘍、癌、腸管の血行障害による壊死等を原因とする内腔性臓器の穿孔により内容が漏出しそのため腹膜の刺激、感染が惹起されるもので穿孔と同時に激烈な腹痛を訴え嘔吐を伴うことが多くまたショックに陥ることもある。腹部所見は、急速に増悪し腹痛(持続痛であることが特徴である。)及び圧痛(ブルンベルグ徴候が認められることが特徴である。)は強度に、筋性防禦は板状硬になるが共に穿孔部位から腹部全体に拡大の傾向を示すことが多く、その場合は緊急に開腹手術をする必要がある。一般に体温は上昇して三八度以上に達し血中白血球数は更に増加するが激症の場合は逆に減少する。患者の全身状態は著しく悪化し強制的前屈姿勢をとつて胸式呼吸を営み顔貌は苦悩状を呈するようになる。立位のレントゲン撮影により横隔膜下にフリー・エア・ガスが認められることが多い。汎発性腹膜炎とは、炎症が更に進んで全腹腔に及んだ状態をいい激烈な腹痛を訴え、強度の圧痛・筋性防禦が腹部全体に認められ一般症状の悪化も著しく嘔吐が頻発し排ガスは停止し腸管麻痺によるガスの蓄積を原因とする鼓腸により腹部膨満を呈し、脱水症状、電解質異常、循環障害が増悪する。但し、鼓腸は穿孔による汎発性腹膜炎に特有の症状ではなく腸カタルや腸の血行障害による吸収不全や発酵しやすい食物の摂取によつても起りうるのであつて、腹膜炎による場合は多く広汎性で一様にビール樽状に膨満する。筋性防禦は一旦プラスとなるが腸管麻痺により鼓腸が起こると再びマイナスとなる。本症は可及的早期に開腹手術を行い原因疾患の処理と排膿を行う必要があるが既に毒素の影響が全身に及んでいるため予後は極めて不良である。
5 急性膵炎
急性膵炎とは、飽食、アルコール多飲、胆嚢疾患、寄生虫、ホルモン異常などを原因として上腹部激痛、嘔気、嘔吐、背部痛、疼痛によるショック等の症状が現われる疾患をいい、浮腫性、出血性及び壊死性に分類される。浮腫性及び出血性では一〇日前後で正常化するが、壊死性では、胸水、腹水、乏尿、ショック、肝・腎・心障害、消化管出血などにより重態となり死亡することがあり、膿瘍を形成し仮性嚢腫を作る場合もある。診断は、白血球増加、高アミラーゼ血症、血液・尿素窒素の増加、脱水、尿アミラーゼの増加などによる。治療は、抗カリクレイン抗トリプシン剤の大量注射、補液、抗ショック治療及び二次感染に対する抗生物質の投与などによる。
6 十二指腸潰瘍
十二指腸潰瘍とは、十二指腸の局所的栄養障害によつて抵抗脆弱部位を生じ胃液の作用によりその部位に欠損が生じる疾患(消化性潰瘍)をいい、症状としては疼痛(主として空腹時ことに夜間に生じることが特徴である。)及び過酢症状を訴えるが機能的あるいは器質的幽門狭窄を起こすと悪心、嘔吐を生じる。胃液は過酢のことが多くまた空腹時殊に夜間に分泌量が多い。レントゲン撮影で球部にニッシェあるいはその変形を認める。合併症として、出血、穿孔、幽門狭窄があり胃潰瘍よりも頻度が高い。治療は食事療法が主で薬物療法は従とされ穿孔等を生じた場合は外科手術が必要となる。
7 覚醒剤中毒
覚醒剤とは、フェニルメチルアミノプロパン(ヒロポン)及びフェニルアミノプロパン等をいい一〇ミリグラム程度の使用で疲労感や眠気が去り、気分の高揚を起こす。常用するとこれらの薬剤の習慣性のため嗜癖に陥る虞れがあり使用量は一〇〇ミリグラムにも及ぶことがある。慢性覚醒剤中毒は、情意鈍麻、無欲、無気力、不安、刺激性あるいは躁うつ病症状まれには譫妄状態を呈するなど多彩な精神症状を呈する。注目すべき点は、分裂病に酷似する幻覚妄想状態を呈することが多いことであるが、分裂病と比べ空虚さ不自然さがなく対人的接触も保たれ外界の刺激に対しても自然な反応を示すことが多い。身体症状としては覚醒剤の使用が主に静脈注射によつてなされるため注射痕(注射部位の硬結、着色)が認められることが多い他は特になく、使用後数日間は覚醒剤が尿中から検出されることが多い。治療は、覚醒剤使用を即時停止し、精神身体の休養回復を図りその後精神指導や環境調整により嗜癖の再発を予防する。禁断症状は麻薬中毒と異り著明ではない。
三被告の責任
1 被告と由紀夫との間に由紀夫が被告病院に入院した昭和五五年六月一九日午後一一時頃被告の履行補助者である担当医師らにより由紀夫の病的異常の医学的解明をすることとこれに対する治療行為をなすことを内容とする診療契約が成立したことは当事者間に争いがない。
2 そこで原告は、被告病院の担当医師堀内徹郎及び同武上俊明が由紀夫の症状を腸重積症と診断せず誤診した旨主張する(請求原因3(一))ので検討する。
前記認定事実によれば、由紀夫は昭和五五年六月一九日午後一一時頃被告病院での初診時に既に腸重積症を発症していたが当直医は入院を必要とする腹部症状であると判断しながらも確定診断をすることができず、翌二〇日診察した武上医師は由紀夫の既往歴、圧痛部位、嘔気等の症状から急性膵炎又は十二指腸潰瘍の可能性を疑いながら確定診断をすることができなかつたこと、ところで同月二〇日当時由紀夫は心窩部痛を訴え同部の圧痛、嘔気、嘔吐等の症状を呈しておりこれらの症状は武上医師が疑いを持つた十二指腸潰瘍や急性膵炎の症状とされている上腹部痛、嘔気、嘔吐等とも合致し、他に顕著な症状も認められておらず由紀夫が十二指腸潰瘍の既往性を有していたこと、同人の腹痛が生理食塩液やウインタミンの筋注により効果が認められ入眠する程度のものであつたこと等が認められこれら事実を考え合わせると、武上医師らが昭和五五年六月二〇日の診察時において腸重積症と断定しえず十二指腸潰瘍あるいは急性膵炎の可能性を考えたとしても止むを得なかつたというべきである。
しかしながら、前記事実によると、由紀夫はその後腸重積症を原因として腸閉塞症を発症ししかも同月二三日頃血行障害部に穿孔が生じ穿孔性腹膜炎を併発しさらに炎症が全腹腔に及んで汎発性腹膜炎を発症するに至つたのであるが、同月二四日武上医師が由紀夫を覚醒剤中毒による禁断症状あるいは詐病の疑いありと診断した頃までの間入院以降漸次増悪する仙痛性の上腹部痛、腹部膨満感、口渇等から推測できる脱水症状、苦悶表情、下肢の振戦等全身症状の悪化、頻発する嘔吐及びその悪臭、性状の悪化、排便排ガスの停止、血便及び胃部からの出血並びに同月二四日の発熱等由紀夫の腹部及び全身状態から漸次増悪していることが認められ、発症後の経過時間、覚醒剤は尿中から検出されることが多くその禁断症状が一般に腸閉塞症と比較して苦痛の程度が軽度であること等を考慮すれば、武上医師らは右時点において由紀夫が腸閉塞症に罹患していることを疑いなお諸検査を重ねるべきであつたのであり仮に右診断名を確定できなかつたとしても少くとも緊急に手術を要する急性腹症と診断することは可能であり直ちに開腹手術の準備にとりかかるべきであつたにもかかわらず同医師はその後鎮痛剤、精神神経安定剤等を投与したのみで何ら適切な処置をなすことなく同月二八日精神科専門の第二北山病院へ転送し、その結果由紀夫は開腹手術の時期を逸して手遅れとなり汎発性腹膜炎を併発して死亡したものと認められる。そうすると、武上医師を履行補助者として使用する被告病院は同医師のなすべき処置をなさなかつたこと、また医療行為を執行する上において果すべき注意義務を怠つたことによつて由紀夫に発生した損害を賠償すべき債務不履行に基づく責任及び使用者責任がある。
四損害
<証拠>を総合すると本件事故と相当因果関係ある損害として次のとおり認めることができる。
1 逸失利益
由紀夫は死亡当時二四歳の健康な男性であり土木請負業青木組に運転手として稼働し相応の収入を得ていたことは認められるけれどもその額を認めるに足りる証拠がない。しかしながら、少くとも二四歳の男子平均給与年額二〇四万七五〇〇円(昭和五五年賃金センサス第一巻第一表男子労働者産業計、企業規模計、学歴計の年令級別平均給与額(含特別給与)による)を得ていたものと認められる。同人の就労可能年数は六七歳まで四三年、そのホフマン係数22.611、生活費割合四割とするのが相当であり、その逸失利益は二七七七万七六一三円となる。204万7500×0.6×22,611=2777万7613
2 慰藉料
本事件の態様、過失の程度、被害者の年令、社会的地位、家族構成等一切の事情を斟酌すれば由紀夫が慰藉料として請求しうべき額は八〇〇万円とするのが相当である。
3 原告は由紀夫の母であつて由紀夫の死亡によりその財産上の地位を単独で相続したからその請求しうべき額は前記1、2の合計額三五七七万七六一三円となる。
4 原告が本件訴訟の遂行を弁護士に委任しており、本訴訟の内容、経過、認容額等を考慮すると原告の負担する弁護士費用のうち損害として請求しうべき額は三〇〇万円をもつて相当と認める。
5 原告の右損害賠償請求が債務不履行に基づくものである場合は履行の催告によつて遅滞に陥ると解せられ、他に催告があつたとする主張立証はないけれども本件では同時に不法行為が成立していると認められるから前記損害発生の日の翌日である昭和五五年七月七日から遅延損害金が発生するものというべきである。
五よつて、原告の本訴請求のうち、被告に対し三八七七万七六一三円と弁護士費用を除く三五七七万円七六一三円に対する損害発生の日の翌日である昭和五五年七月七日から支払済みまで民法所定利率の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を、仮執行免脱宣言につき同条三項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(吉田秀文 村田長生 土居三千代)